第10回講演会 島ぐるみ会議のめざすもの

第10回講演会  2015年6月12日

「島ぐるみ会議のめざすもの」  島袋純さん

 関西・沖縄戦を考える会は、去る6月12日(金)第4回総会を開催しました。総会では活動経過報告、2015年度の活動方針、世話人体制、会計報告などが了承されました。

 その後、記念講演として、琉球大学教授で、「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」事務局次長の島袋純さんに「島ぐるみ会議のめざすもの」という演題でご講演を頂きました。

島袋 純さんの講演報告 「島ぐるみ会議のめざすもの」

1、沖縄「建白書」とは何か

設立の経緯

 2012年、日本政府はそれまで伏せてきた「未亡人製造機」とさえ呼ばれるオスプレイの沖縄配備を明らかにしました。沖縄ではその配備反対のため、すべての政党、社会的経済的団体の代表から構成される県民大会実行委員会が組織され、9月9日、10万人以上を集める大集会を成功させました。圧倒的な県民の意志が示されたわけです。県民大会のアピール文には、オスプレイ配備反対とともに、普天間基地の閉鎖、県内移設反対が盛り込まれました。

 このような全県的な大会アピールの表明にもかかわらず、日米両政府は、県民大会から一ヶ月も経ない10月1日にオスプレイを普天間に強行配備しました。沖縄県民の総意は完全に踏みにじられたのです。

 この県民大会実行委員会が次なる沖縄総意の取り組みとして打ち出したのが「建白書」であります。この「建白書」は2013年1月28日付で県民大会実行委員会の共同代表、沖縄県内すべての41市町村長、議会議長、県議会議長、県議会全会派代表等の直筆の署名をともなって安倍首相に提出されました。そこに要求として明記された内容は、(1) 沖縄米軍基地へのオスプレイ配備の撤回、(2) 普天間基地の閉鎖と撤去、(3) 同基地の県内移設断念であります。

 この「建白書」の重要な点は、オスプレイの配備撤回とともに、普天間基地の閉鎖・撤去及び県内移設の断念を全市町村長、全市町村議会議長、県議会議長、全県議会会派代表、さらに沖縄の経済的社会的団体の代表が直筆の署名を携えているところにあります。
 政府の政策に明白な反対の意思をこれほどの政治的社会的経済的代表者たちが組織を背負いつつ結束して示しているのです。琉球・沖縄の歴史においても空前の試みです。地域全体の政治的意思の表明がこのように幅広い結集で合意形成された要求としては日本全体でもきわめて稀有なものであり、歴史的な要求文書といえるでしょう。

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「オール沖縄」の結集とは

 この「建白書」は、すべての沖縄の自治体及び自治体議会の代表、全沖縄的な社会的経済的団体の代表によって合意形成され共有された明白な意思であること、言い換えれば全沖縄的な総意として確定された要求なのです。ですから、これをもって「オール沖縄」という言い方をしているのです。

 団体組織間の合意に基づく代表網羅の実行委員会方式で作り上げた組織は、県民大会が終われば解散するというのが95年以来続いていました。

 今回もこの枠組みは、県民大会及び「建白書」東京行動のために団体組織間で合意形成され設置されたものであり、東京行動を最後に解散しました。そこで、以降、何らかの建白書の意志を引き継ぎ、責務を果たすための活動を行う枠組みが必要となりました。

2、「沖縄『建白書』を実現し未来をひらく島ぐるみ会議」の設立

「建白書」の実現に向けて

 「建白書」を実現するために、「島ぐるみ会議」は組織されているのですが、建白書が出てきた背景を考えると、2010年に自民党沖縄県連と経済界が従来の立場から転換して、“辺野古移設反対”と明白に意思を表明します。 

 2010年1月に何が起こったのか。名護市長選で辺野古新基地反対を表明した稲嶺進さんが当選したのです。この時から沖縄ではもはや辺野古容認では選挙に勝てないということが明らかになったのです。それで経済界と自民党が方針転換をしたのです。もちろんこの時期は民主党政権で、「最低でも県外」と言った鳩山さんの時でもありました。

 2010年11月に仲井眞さんは“辺野古移設反対”を唱えて当選します。2012年の12月の総選挙で自民党中央は“辺野古移設”の立場でしたが、沖縄の自民党議員は“辺野古反対”を掲げて4名が当選したのです。

 このような沖縄の状況に対する自民党本部の答えが2013年4月28日の式典でした。4月28日というのは沖縄が日本の主権と主権者(日本国民)から除外された日です。沖縄では「屈辱の日」ともいいます。このような日を政府式典として祝うというのですから沖縄では大きな抗議行動が起こりました。屈辱というよりこれはもはや人権とか民主主義とか立憲主義を破壊する超国家主義、軍事国家建設を沖縄に対してやっていくのだという象徴的意思だと私には思えます。

 2013年の夏から秋にかけて、沖縄では「オール沖縄」的な組織化と取り組みの再構築の大合唱がありました。いろんな人が新聞紙上で再結集を呼びかけました。このころは安倍政権から沖縄自民党議員への切り崩しがはじまっていた時期です。それで「オール沖縄」の結集はもはや無理ではないかという状況に追い込まれていました。そのような状況の中で沖縄のメディアも有識者も再結集を言い続けてきたのです。

 8月、県議会議長(喜納昌春)と4団体の代表と那覇市議会議長(安慶田光男)、市長会会長(翁長雄志)、町村長会会長(城間俊安)、町村議長会(仲村勝)など、建白書の中心人物だった方々が、「オール沖縄」の再結集を呼びかけるという新聞特集もやっていました。

 11月には沖縄側の願いにもかかわらず、石破幹事長に脅された沖縄の自民党議員が下をうつむいた情けない恰好で県民を裏切るということもありました。この時の写真に非常に憤慨し屈辱を感じた県内の自民党の人たちが多くいます。「これほど屈辱的なことはない。この写真は許せない」と西銘恒三郎議員の後援会の仲里利信会長(当時)は、怒り心頭だったと語っていました。こうして自民党沖縄県連は辺野古反対から“容認”に転換します。その後、この方針転換に同調しなかった仲里氏や那覇市議会の自民党議員の人たちは自民党から除名されていきます。

 このような状況の下で、主要団体間の合意に基づく実行委員会方式での「オール沖縄」はもはやできなくなっていました。

 これまでやったことのない新たな形の「オール沖縄」をつくっていくしかないのです。市民個々人の参加の市民運動方式に転換していかざるを得なくなりました。より長期的な永続的な運動体として市民個々人の参加をベースにした組織をつくろうという機運が生まれてきたのです。

 「島ぐるみ会議」というものは、これまでの実行委員会方式とはちがった新しい形の市民運動と言えます。2014年7月27日の宜野湾市民会館における結成大会には、予想をはるかに超えて2500人ぐらいの参加があり、会場に入れない人も大勢いました。

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自己決定権要求の拡大

 沖縄では人権を守るために人々が立ち上がる「島ぐるみ闘争」が過去に何度も起こりました。

 自治権拡大のためにキャラウェイと対決し、実際にキャラウェイを更迭させることもありました。

 今回の「島ぐるみ会議」は、これまでの闘いを明白に意識した人権・自治権の闘争、つまり立憲主義実現のための闘争だという考え方が根本にあります。現代版「島ぐるみ闘争」と言ってもよいでしょう。

 沖縄にずっと流れている「自己決定権」とは何か。これは立憲主義的な考え方に基づく主権的な権限を示していこうということです。

 かつて琉球王国は日本国に強制的に併合されましたが、沖縄の人はもともと主権国家を構成しうる「人民」に相当するのです。

 権利を構成する、国家を構成する、人権を守るために自分たちで政治権力をつくり、それを構成し統制する権利を持っているということです。つまり立憲主義における主権者としての権利を持っているということです。

 国際人権法の中にもそういった人権を守るために人権法に基づいて政治権力を創設することができるということが書かれています。

 2005年に「沖縄自治研究会」というところが初めて国際人権法に基づく自己決定権を主張し、“沖縄自治州案”というものを提案しました。

 2009年には沖縄経済同友会が事務局となり沖縄の強い州をつくるという沖縄道州制懇話会の“沖縄単独州案”を提案しています。

 2010年には「県議会経験者の会」が国際人権規約の第1条にある「すべての人民は、自決権を有する」という文言を引用して、沖縄独自の政府をつくっていくべきだという提案をしています。

 2012年から13年にかけては県内でこの自己決定権をテーマにした講演会も頻繁に開かれました。私の方にも多くの依頼がありました。それを受けて2013年9月には「権利章典」的決議文を作成してほしいという動きを起こしました。

 「権利章典」とは何か。まず、不可侵の人権がすべての人に生まれながらに平等にあること、そして人権を守るために主権者である人民が政治権力をつくっていく権利を持っているという宣言のことであり、その後それが憲法の人権条項となるのが一般的です。

 歴史的にみれば、1689年の人権条項と議会主権を謳った英国の「権利章典」があります。また、アメリカの独立革命の際に同じく権利章典と独立宣言が出され、明白に人民主権が打ち出されました。それからフランス人権宣言では、不可侵の人権と人民主権が端的に宣言され、その宣言文が憲法の一部を構成するようになりました。

 このように基本的人権を守るために主権在民があるというのが立憲主義の核心であり、沖縄においても私たちに不可侵権の権利があり、主権者として権力を作り出すことができること、憲法制定権力を持つという、「権利章典」的宣言文を沖縄でつくるべきだということです。

 私は、沖縄自治研究会の発起人として国際人権規約に基づく自己決定権の基盤の上に自治政府を作るという沖縄初の提案に関わりました。

 さらに沖縄道州制懇話会の沖縄単独州案や県議会経験者の会の結成趣旨文などに関わっていましたので「権利章典」的宣言文は非常に重要であることを主張してきました。「沖縄人権宣言」的な決議文を沖縄県議会で作る必要があると永年思ってきました。

 沖縄は1962年当時の議会にあたる琉球立法院において、現在の翁長雄志知事の実父である翁長助静議員を中心に、1960年の国連の「植民地独立付与宣言」の文言を引用して、沖縄の植民地状態から解放していくべきだ、という決議文を採択し、国連や世界各国に送ったことがあります。それに劣らないような権利宣言の決議文を作って議決してほしいということで、宣言文の要点を箇条書きにした文案を作成し、私は知り合いの数名の県議会議員に要請しに行きました。

 その時、県会議員の方々は、「建白書」の実行委員会は解散しているので、「建白書」以外に、「権利章典」をつくるのは不可能だ、と言いました。建白書を活かすような形のものがいいのではないかという返事をいただいたのです。さらに建白書の実行委員会の保守系の方々にも働きかけた方がよいという助言もいただき、市長会会長、市議会議長会会長にも文案をお見せしにいきました。

 同時期ですが2013年10月、沖縄平和市民連絡会で講演をした時、オスプレイ配備反対等の「建白書」も重要であるが、それに加え自己決定権を確立するための「権利章典」の二つを並べた形で確立することはできないか、「建白書」と「権利章典」が一緒になった形のものができないかということ話したのです。

 市民連絡会講演会の後、新崎盛暉さん、伊波洋一さん、城間勝さんなど、何人かの人の話し合いの中から、オール沖縄の形で、「建白書」の実現を目指すというものができるのではないかということになり、オール沖縄再結集のための呼びかけ文書をつくりました。 

 私は可能な限りその文書を「権利章典」(人権宣言)的な文書にしたかったので、その方向で意見を述べたたき台の一つを書きました。そしてその文書をもとに県議会議長に働きかけをしました。その時の文書が、島ぐるみ会議結成の際の「オール沖縄」再結集の呼びかけ文の原案の一つとなっていったのです(末尾にある解説文を参照)。

 そのような経緯の中で、建白書の実行委員会の事務局長だった玉城さんから、オール沖縄的な取り組みの再結集準備のための有志を集めているという段階で、私の方にお声がかかったというように理解しています。

 準備のための有志の集まりで、組織の作り方としては、一般市民を会員としてできるだけ多く募って典型的な運動にしていくことにしました。

 とくに重視した点は、「建白書」の要求を実現する、永続的で広範な運動体を作っていくことで、目先の選挙戦や政党間の政治的争点などに利用されないようにすることでした。県知事選挙も近づくなか、現職議員は外して、一般的な著名人を発起人として募り結成準備をしていくことでした。

 発起人会議の議論では、人権の問題や権利が侵害されていることが大きく取り上げられました。

 世界に通じる普遍的な権利、それが侵害されているという観点で沖縄、辺野古の問題を取り扱うべきだという意見が多く出ました。現状はあまりにも大きな不正義ではないかということを強く訴えていくという認識が共有されました。

 日本国内との連帯、世界的な連帯を勝ち得るためには普遍的な論理、普遍的な権利、世界に通じるような論理を構築し、自分たちの要求を根拠づけていかなければなりません。

 とくに沖縄の基地問題はまさしく人権侵害の問題であり自己決定権の侵害の問題であり、これらを回復していく極めて立憲主義的な運動だということを強く意識したのです。

 普天間基地は民間の土地を強奪して不法占拠して、そこに基地をつくり、それを返さないわけですから人権侵害の最たるものです。このような人権侵害を徹底的に追及し、それを回復することが「建白書」を実現する道筋であるという内容になっています。「島ぐるみ会議」結成趣旨文は立憲主義的な宣言文といえます。

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3、「島ぐるみ会議」の取り組み

辺野古の現場支援

 辺野古では、海上保安庁の暴力によって連日、人々が「確保」という監禁、拘束などされています。ひどい状況です。そんな状況の中で、「島ぐるみ会議」の役割の第一は、現場の方々をサポートすることです。

 そのために、辺野古へのチャーターバスを派遣しています。辺野古のテント村の行動に参加する人たちを運ぶのです。2014年8月から本格的に始まっているのですが、初めの頃、毎週月曜日だけだったのが今年の1月15日からは毎日運行しています。平和ガイドの人をつけているのでバスの中では勉強会にもなります。

 この取り組みに対して国から嫌がらせがありました。路線バスでもないのに辺野古参加者の運送に料金を取っているのは違反だというような言いがかりをつけてきたのです。何とかこれをクリアして現在もやっています。

 今年になってから、我々の島ぐるみ会議をモデルとして、建白書の実現のため永続的な取り組みを行う市民運動体として市町村ごとの「島ぐるみ会議」が自主的に結成され始めました。そして各地からだいたい週一でバスを出すようになっています。たとえば“島ぐるみ会議名護”、“島ぐるみ会議今帰仁”、“宜野湾島ぐるみ会議”といった名称の地域組織で、名称も様々です。現在20数団体ほどありますが、各地の地域版「島ぐるみ会議」が自発的に続々つくられています。

 本元の全沖縄的な「島ぐるみ会議」としてはこういう各地の組織の結成を支援し連携するということです。バス派遣の曜日の調整などもやっています。辺野古に曜日によって偏らず常時一定数の人がいるようにバスの派遣日を調整しながらやっています。現在では自治会、職場単位、商店会などでバスをチャーターして行っているところもあります。

 この市町村単位の行動は1956年の「島ぐるみ闘争」に似た状況です。当時は反米闘争と見做されて、米軍に拘束されたりすることがありました。この時の島ぐるみ闘争は自治会や市町村単位で始まり、草の根的に広がっていきました。現在の状況はそれに似たような状況になっています。

アメリカへの働きかけ

 島ぐるみ会議の仕事の第二は、アメリカへの働きかけです。沖縄県庁はワシントン事務所を開設しました。また、県には辺野古新基地問題対策課というものがつくられました。翁長知事のアメリカ訪米には「島ぐるみ会議」所属の議員さんがたくさん行きました。ワシントンの連邦議会の議員の方、シンクタンクの方々と大勢の沖縄の議員達が会ってきました。さらに今後はアメリカの市民運動との連携を強化しワシントンにおけるデモ行進やイベントなど、検討しているところです。

 これは今から本格的な取り組みになります。

国連への働きかけ

 第三は、国連への取り組みです。これは私の担当です。3月にカンボジア、アジア非公式会議というところに行って、国連人権理事会の特別報告者の沖縄訪問を要請してきました。国連特別報告者の方が8月に沖縄に来る予定になっています。ジュネーヴにも行ってきました。今年9月の人権理事会には沖縄の代表を派遣して声明発表を行えるように計画を進めているところです。

 国連での取り組みは、沖縄の新基地建設問題が極めて悪質な人権侵害であること、沖縄の人々の重要な権利、自己決定権の侵害であることを国際的な場でアピールし、それによって国内に影響を与えていくという考えに基づいたものです。これは、国際立憲主義の運動だと考えています。

 国連人権理事会の特別報告者というものは、人権理事会によって指名され世界各国の人権侵害状況を調査し人権理事会に報告する役割をもった役職です。その方を沖縄に招聘し、実際に海上保安庁がひしめく辺野古の海の中に入ってもらうことも考えています。

 国連人権理事会には普遍的定期検査というのがあります。人権理事会では国連加盟国すべての国の人権状況の調査をして、調査対象国の問題点を指摘します。それによって当該国は改善の回答書を出さなければならないということになっています。

 今年はアメリカを審査することになっています。辺野古の問題に関してアメリカは当事者です。

 アメリカ軍が沖縄で起こしている人権侵害状況を資料としてまとめて、20か国ほどの国連加盟の大使館の人権担当外交官に説明する活動もやってきました。私たちのロビー活動によい反応を示した国がいくつかあります。ロシア、中国、韓国、オランダ、アルゼンチンなどの国々の人です。これらの国の人は反応がよく、アメリカは問題であると言ってくれました。

 可能であれば、沖縄の代表に沖縄の人権状況を発表していく機会を確保していきたいと考えています。沖縄の代表でふさわしい人は翁長さんですから、議会との日程調整が大変ですが翁長さんに行ってほしいと考えています。

国内連帯組織の形成

 「島ぐるみ会議」の仕事の第四は、47都道府県すべてで、辺野古支援のためのシンポジュームを開催したいということです。「島ぐるみ会議」的な運動組織を全国都道府県単位で作っていくことを課題として考えています。市民運動グループの自発的運動として賛助団体をつくって、連合とか自治労とかでさまざまな組織を網羅するような形で全国・各都道府県単位で作っていくことを考えています。

 辺野古支援のための“辺野古基金”の活動では日本全国を代表するような方々になってもらい、全国的な支持拡大がすすんでいます。

 そのような支持のもとに47都道府県で辺野古新基地反対・立憲主義の破壊阻止と回復の統一、連帯基盤を作っていくことです。

4、「島ぐるみ会議」がめざすもの

 まずは「建白書」を実現していくことです。「建白書」の要求は、我々の権利であり、これを実現する権利が我々にあるということです。オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念です。

 オスプレイ配備強行と辺野古基地建設の強行、弾圧などの差別政策は、沖縄の人々の基本的な人権及び自己決定権の侵害であるということ、社会正義の抹殺であるということを明らかにして、その権利の回復を要求していくこと、正義を実現していく、つまり辺野古新基地の建設を阻止していくこと、これが「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」の目的です。

 重要なのは国際立憲主義という考え方です。人権というのは、国際的に人類の普遍的な価値として承認され共有されています。国家を超える位置から国家権力を統制していこうということです。 国際的な政治的仕組みや市民運動といかに連帯していくかが肝要で、国連人権機関や人権理事会への訴えが中心になります。また、国内においても立憲主義的な運動が勃興して、それと連帯していくことが重要になっていきます。

喫緊の課題、工事中止と協議の場づくり

 喫緊の課題は、第一に辺野古基地建設工事の即時中止です。次に、日本政府と沖縄県との公式の話し合いの場を設けてほしいということであります。日本政府は沖縄県側が話し合いを申し入れたりしても恣意的な理由で拒否しています。公式な話し合いの場を設けて、沖縄の自治権、自己決定権を前提にした話し合いの場をつくらなければならないと考えています。
 ここに示していますが、国連の人権機関は、沖縄の状況は極めて差別的であり、極めて人権侵害であり、沖縄の自己決定権を侵害しているとしています。そして日本政府に対してその状況に対する改善勧告を出し続けています。それを日本政府は無視をしています。

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 これは2010年の人種差別撤廃委員会の日本政府宛ての最終勧告です。人種差別撤廃員会という機関が、沖縄が委員会に提出した内容を審査して出した日本政府への勧告書です。その中に次のような見解が述べられています。

 「沖縄の人々が被っている根強い差別に懸念を表明する。沖縄における不均衡な軍事基地の集中が住民の経済的、社会的、文化的権利の享受を妨げているとする」と述べています。この経済的・社会的・文化的権利が妨げられている、ということは、沖縄の人々の「自己決定権」が侵害されているということを意味しているのです。

 さらに、同委員会は日本政府に対して「沖縄の人々が蒙っている差別を監視し、彼らの権利を推進し、適切な保護措置・保護政策を確立することを目的に、沖縄の人々の代表と幅広い協議を行うよう奨励する」とも勧告しています。

 つまり、この勧告が言う「沖縄の人々の代表」とは、沖縄の人々の意志をきちんと体現するような人のことであり、沖縄の人々の選挙結果を守るような人でなければならないということです。

 沖縄の人々の集合的な権利、資源に対する権利、海・空に対する権利(自己決定権)、さまざまな権利を侵害していることについてきちんと話し合う場を設けなさい、と言っているのです。

 国連は主権国家の連合組織ですから、「自己決定権」があるからと言って、主権国家の国境の変更(独立すべきだというようなこと)を推奨するようなことは言いません。しかし、「自己決定権」というのは主権的な権限であるということは当然の前提で、独立しなくても、“内的な自決権”という政治的地位を決める権限を有するということ、経済的・社会的・文化的発展の自由があるということです。それを認めたうえで協議の場を設けなさい、ということを述べているのです。

立憲主義に基づく全国的な闘い

 沖縄への差別撤廃の取り組みは、日本での運動が全国化していくことが決め手になると考えます。「島ぐるみ会議・大阪」というような組織が自発的につくられ、それぞれが連帯し繋がっていくことが重要です。

 辺野古新基地問題は、特殊沖縄の問題でなく、可哀そうな沖縄への同情的な協力ではなく、自分たち自身の権利侵害の問題として、自分たちが権利回復の主体者として、立憲主義の破壊を食い止める主体として登場し、各地の取り組みと連帯していく構造がつくられていく必要があります。

 “辺野古新基地建設着工”が、現在、安保法制案として問題になっている集団的自衛権の行使容認の閣議決定の日(2014年7月1日)と同じ日であったことは、まさしく両者が一体的なものであることの証左です。

 現在進行している過程は、軍事国家化と立憲主義の破壊、憲法政治の破壊、憲法に基づく政治自体を破壊するということですから、辺野古はそれの端的な事例の現れであると言えます。

 立憲主義を守るのであれば、辺野古新基地建設はできないのです。

 「法の支配」というのは、人々(People、人民)に、不可侵の権利があり、その権利を守るために人民が権力機構を創出し、人民の側が憲法制定権力を持つということを内容としているものです。それを人民が国家機構に押し付けるということであり、国家権力が人民に押し付けるものではないのです。

 辺野古の問題は、沖縄の人々の不可侵の権利を完全に無視する形(土地剥奪)でアメリカ軍が普天間基地を作ったにもかかわらず、そのアメリカ軍に代替地を要求する権利を与えて、新しく基地をつくるということ。

 そして、作り方は沖縄の人々の権利を抹殺するやり方でやるということです。

 沖縄に対してだけこのようなことをやる。他の県ではこういうことはやらない、とお思いかもしれない。しかし、「沖縄だから構わないよ」と言っていたら必ず別のところでもやられることになります。

 ですから、反辺野古の統一戦線、立憲主義破壊の阻止の統一戦線、反ファシズム統一戦線でもいいのですが、そのような統一戦線がつくられるべきではないでしょうか。

 沖縄ではこのようなことを意識して保守系議員や経済界の一部も含む市民が主体となった「島ぐるみ会議」をつくっています。

 このような組織が全国的につくられ、連帯が構築されることが、今の状況に対する決定的な力になると思うわけです。本当の決め手はここにあると思います。できれば府議会、市議会の議員をも巻き込みながら統一戦線をつくっていく。このようなものがつくられないと「安保法制」は成立し、日本はファシズムに向かって進んでいくのではないでしょうか。現在は大変危機的な状況になっていると思います。

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5、「島ぐるみ会議」結成趣旨文 に関する補足的解説

 沖縄の米軍基地は、米軍政下において沖縄の人々の人権を侵害し、人道的な配慮を無視して建設されたものです。私たちは1950年代、基本的権利を守るため島ぐるみで米軍支配に対して闘いを始めました。今なお国土面積の0,6%の沖縄に米軍専用施設の74%が集中する実態は、社会正義にもとる軍事植民地状態の継続です。沖縄の人々が、人として生きることすら拒まれる基本的権利の侵害であり、経済的、社会的、文化的発展の自由を否定する構造的差別です。(結成趣旨文、第3段落)

 この文は、沖縄の人々の基本的人権と自己決定権が差別により侵害されていることを表現しています。

 国際法を無視した土地の略奪です。1945年以前には普通に人が住んでいて集落があり学校があり普通の土地であった所を強奪したところです。沖縄の人々の不可侵の権利、生活の権利、土地を保全し利用する権利などをはく奪しています。

 このようなことはハーグ陸戦条約で禁止されていますが、世界中でこのように70年以上も不法占拠し続けているところが他にあるでしょうか。
 パレスチナの土地がそれに当たるかもしれません。イスラエルが強奪しているわけですから。それと同じ状態です。

 日米両政府によって強奪されて不法占拠され、その上に、沖縄返還の際に「沖縄における公用地暫定使用法」という無茶苦茶な法制度をつくって形式的に合法化しています。

 不可侵の権利を侵害する法律を作っておいて、しかも沖縄県民投票にもかけていない。憲法95条では、その地域だけに適用される事柄については、住民投票に付さない限り法律にはならないと規定している。にもかかわらず沖縄にはそれをやっていない。

 日本の自治権さえ沖縄には認めていないし、憲法も適用されない。適用しないことにしている。 沖縄の人々を主権者とみなしておらず、立憲主義の適用除外地域にしている。極めて制度化された構造的な差別という外ありません。構造的な暴力が法によって正当化されているのです。沖縄の闘いはこのようなことに対する闘いであるという宣言です。

 私たちには、私たちの土地、海、空を守る権利があります。このような権利は地球上のすべての人々が共有するものであり、人類が長年の努力から勝ち得てきた普遍的な権利です。国連の委員会では、沖縄のことについて沖縄の人々が決める権利があるとし、日本政府に対して基地を集中させる沖縄への差別と権利侵害を解消していくように求めています。 (結成趣旨文、第4段落)

 国際人権規約委員会は、沖縄の人に決める権利があると述べています。自分たちの土地、海を普遍的な権利として沖縄の人々が自由に活用し使う権利があると述べているのです。

 2008年10月30日の、国際自由規約委員会の日本政府への改善勧告は、沖縄の人々が自己決定権を有する人民(先住民)と認定し、日本政府の沖縄の人々への権利侵害に深い懸念を示したものになっています。さらに言語、文化及び歴史教育を正規の教育課程に組み込むように改善すべきである、とするものでありました。しかし、日本政府は沖縄の人が先住民であることを認めていません。

 沖縄経済と米軍基地の関係に関しては、次の様に表現しています。

 県民所得約4兆円のうち、米軍基地関連収入は約5%に過ぎず、基地の返還跡地は沖縄経済全体を牽引する発展の拠点となっています。・・・米軍基地の返還が、経済的発展の自由と自立と平和につながることを、沖縄の人々は気付いています。 (結成趣旨文、第5段落)

 これまで沖縄は、基地があるがゆえに経済的利益を要求しているでしょう、基地経済で潤っているのでしょう、と言われてきました。今でも本土のメディア、研究者のなかにはそのような言い方をする人がいます。

 しかし、現在多くの政治家、経済界の人たちはそうではないと言っています。特に土木関係の中でも公共事業に依存しないという人が増えています。それよりも「米軍基地の存在が経済発展の阻害になっている。米軍基地の返還が、沖縄の経済的発展の自由と自立と平和につながる」ということを表現しているのです。

 国連差別撤回委員会の指摘する「沖縄への基地の集中が経済的権利の自由の享受を妨げている」に該当し、沖縄の人々の経済発展の自由(自己決定権)の侵害に当たるということを述べています。

 国際自由権規約1条は次のように記しています。

 「すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びに経済的、社会的及び文化的発展を自由に追及する」(1966年発効、日本は1979年に批准)。

 ここから導き出される国際的共通認識とされている普遍的な権利の問題があります。これを守らなければならないし、このような国際的レベルの人権を確立していかなければならないのです。

 最後に、以下の宣言があります。

 基地に左右される沖縄の未来を、私たちは拒絶します。そのような未来を子ども達に残してはなりません。子ども達に希望のある沖縄の未来を引き継いでいく責務があり、…2013年「建白書』の実現を求め、沖縄の未来を私たちのものとするために、オール沖縄の島ぐるみの再結集を呼びかけます。    (結成趣旨文、第6段落)

 沖縄社会を自ら構築していく権利は、沖縄の人々にある。それは、国際人権規約の第1条にも定められている自己決定権を沖縄はもっているのであり、オスプレイ配備の撤回、普天間基地の閉鎖、辺野古移設の阻止を実現する権利があるということの宣言であります。

 経済的、社会的及び文化的発展の自由を自ら追求していく権利、及び政治的地位の自由な決定を自己決定権により実現していくといいう宣言です。

 全世界的に通用する普遍的な論理を打ち立てて、それを追求していくという形になっています。

 このような権利は沖縄の人にだけあるのではなく、アイヌの人、部落の人にも保障されているものです。沖縄では「先住民」という言い方はあまり支持されていませんでしたが、いま構造的に差別された少数派として共通意識化されています。

 構造的に差別された少数派は国際法で自己決定権の資格を持ったものになりうるのです。

 国連のさまざまな委員会で出された人権に関する勧告というものを沖縄は取り込んでいく国際立憲主義、それを国内で実現していくために日本全国の立憲主義的な運動と共有し連帯していくことができるのではないかと考えているのです。

 「島ぐるみ会議」のめざすところとは、このようなところにあるのです。

(2015年6月12日)