第4回講演会 八重山の教科書と領土問題

第4回講演会 2013年6月13日

高嶋 伸欣さん (琉球大学名誉教授)

 日本最西端の八重山地域で起きている教科書採択問題。八重山地区採択協議会は2011年8月23日、総会で玉津石垣市教育長の主導の下、採択方法を変更して、中学校公民教科書に育鵬社版の採択を「決定」した。しかし竹富町は育鵬社版を拒否し、東京書籍版を子どもたちに手渡している。この地で育鵬社版が採択されるに至った背景には10年に石垣市長に保守系の中山義隆氏が就任し、教育長にはこの中山市長が信頼を置く玉津博克元高校校長を起用したことが契機となっている。八重山の教科書採択問題の背景にどのような事態が進行しているのか、教科書問題の専門家である高嶋先生にご講演頂きました。以下、高嶋先生の講演要旨を掲載します。

「八重山の教科書と領土問題」

1.教科書問題の背後にある領土・自衛隊配備問題と町長選挙の混迷

 八重山の教科書問題というのは何か。タイトルで「領土問題」と絡めているが、尖閣諸島の話だけではなく、領土への「外国の介入を防ぐ」軍事力、自衛隊の配備の問題。そして自衛隊増強と憲法改定に深く結びついている問題である。尖閣諸島は石垣市に所属している。八重山教科書問題は石垣市の教育長の玉津博克さんが大きな影響力を発揮したが、同時に彼と足並みを揃えて動いた与那国町の教育長、崎原用能さんの存在がある。

 彼がなぜ育鵬社を選ぶのかというと、与那国町の外間町長は自衛隊(沿岸監視部隊)を与那国に誘致することを選挙スローガンにして当選した人。地元では自衛隊誘致に反対する意見も強く、反対派とは非常に僅差だったが外間さんが2期目の当選を果たした結果、自衛隊誘致は既定方針になった。崎原さんという教育長はこの町長が選んだ人であった。

 ところが、外間町長が今年8月町長選を控えて、突然国に対して迷惑料として10億円を要求。これに対して小野寺防衛省は「もともと地元自治体の要請からスタートした問題」と不快感を示し、計画全体を見直す意向を示した。それで与那国島は今大混乱になっている。“来てくれと言った側が迷惑料をよこせ”はないだろうと、町長を支持していた与党の町議会議員も彼を突き放して、この8月11日の町長選挙では彼を支持しないと言い出した。反対派が候補を絞りつつある中、町長派は彼を外して別の人を立てることを追求し出していて、現職の町長は出られないという状況にある。これによって与那国町の教育長は後ろ盾が無くなるかも知れないという状況にある。

領土問題と石垣市政治情勢

 一方、石垣市教育長の玉津さんはどういう方か。

 中山さんが市長になったのは、それ以前には革新系の大浜さんが4期を務めていたが、多選反対というスローガンが中間派の人たちに浸透し逆転されて、市議会議員だった若手自民党員の中山さんが当選した。

 しかし中山さんは十分な準備もそれなりの見識も無く、そのことが間もなく露見する。最初の施政方針演説で小田原市長の施政方針演説を盗用していたことが発覚。それを追及されて彼は秘書が勝手にやったと言い訳し、最後に『私がやった』と認めたが、市議会では自民党が多数であるため、それ以上の追及は進まず居直っている状況。そして、彼は実績もないのに市長になったという弱みがあることを意識してか、アピールを色々したい、保守派を引き付けたいということから事あるごとに尖閣諸島問題で騒ぎ立てる。そして、あそこ(「釣魚島」筆者)に市長として上陸したいとしきりに声を上げるが政府が許可しないので実行できない、という人。

 その選挙の時に、八重山地区で一番古い高校である八重山高校の校長だった玉津さんを、同窓会の票まとめで貢献したということで、その論功行賞として石垣市の教育長に抜擢するという専決権を行使した。初めはあまりに露骨な論功行賞で、また高校教員であった人が小中学校を担当する教育委員会でいいのか、という議論もあり市議会で否決される。ところがその後、市議会議員選挙で保守派が議席を伸ばしたため、再提案を受けて玉津教育長の就任が決まった。彼は今、教育長としての地位をもらったということで、今度は玉津さんが市長に恩返しを考える。

2.八重山教科書採択の実態

 そこに出てきたのが育鵬社の教科書の採択で、玉津さんは沖縄で「つくる会」系の育鵬社を採択する先例を作ったら保守派から高く評価され、中山市長の功績にもなり、恩返しになると考えた。自民党県連本部の人も後で認めているそうだが、玉津さんは初め「歴史」と「公民」の両方とも育鵬社を採択する気だった。
その気配は一昨年の中学校の教科書展示会で感じられた。八重山地区の展示会(石垣会場)に普段見かけない人が来ているのをたまたまそこへ行った現場教員たちが目撃している。その人たちの様子を見ると、女性グループで、「幸福の科学」の教会の人達であることに気付いたという。彼女たちが書いた感想文を見たら、育鵬社がいい、育鵬社がいいと書いてある。「幸福の科学」が組織的にこの地区で育鵬社を採択させようとしていた。市長も変わったし、玉津さんが教育長になったのだから、石垣市の教員たちもこれは例年通りにはいかないぞ、と用心していたという。みんなで警戒をしていく中で、育鵬社の教科書は駄目だと中身を問題にする取り組みを市民運動として始めたが、市民運動の人たちは「公民」の教科書より「歴史」の教科書に意識を注ぎ、育鵬社版「歴史」は沖縄戦のことをきちんと書いてない、天皇中心の日本を賛美する教科書だと「歴史」の批判活動をやっていた。

 玉津さんは採択のルールを突然強引に変え始めた(調査員の推薦は参考にしないということなど)。

 それでも8月23日の3市町の関係者が集まった採択協議会で歴史教科書について意見交換をして投票したら、帝国書院に一回であっさり決まった。

 傍聴した市民運動の人たちも、やれやれ良かった、運動をやった成果が上がったと思い、次の公民の教科書に移った時も、現場の教員(調査員)の推薦状の中では東京書籍と帝国書院が挙がっていたので、そのどちらかに決まるだろうと安心して見ていた。協議に加わった市民運動の人達も5分ほど意見を出し合ったところで採択に入った。すると、育鵬社が多数という結果が出た。慌てて、育鵬社の教科書は問題がある、調査員も推薦してない、ということを言ったが、既に採決した後だからそういう議論は順序が逆です、と言われて食い下がり切れなかったという。

 実は玉津さんは早くから「歴史」は無理しない、育鵬社にこだわらない、しかし「公民」だけは採るという方針を腹に決めていて、与那国町の崎原さんたちにもそのことを伝えていたということが後に報道関係の取材で分かる。

 なぜ「公民」に目標を絞ったのか。「育鵬社の歴史教科書」は、いかにも沖縄戦の記述の薄さが明白であった。他の教科書では、沖縄の人達がひどい目にあった、日本軍が沖縄を捨て石にしたという事、そして住民虐殺もあったという事が読み取れる記述になっている。しかし、育鵬社の教科書はそこを逃げているという事が露骨に問題にされていたため、2007年の「集団自決」教科書記述歪曲問題で、超党派の11万6千人県民大会の盛り上がりの雰囲気がまだ生きている中、自民党県連の那覇の本部から、その怒りがまた思い起こされると次の県議会選挙に影響する。だから歴史教科書は我慢しろ、八重山で育鵬社版「歴史」は採るな、という指示が出ていたという話もある。自民党県連の意向が中山市長を通して玉津さんに伝わり、割と早くに玉津さんは「公民」だけにするという決断を抱いていたと思われる。

 このような動きがあるのを地元の八重山毎日も県紙の方も掴めていなかった。それを掴めていたらもう少し公民の教科書に向けての取り組みも出来たと思われるが、情報が入っているかいないかの違いで、後の状況が大きく変わることになるということをどう評価するかは、いろんな整理の仕方がある。

 現場の教員が調査員になって育鵬社版は不適切です、八重山地区では使うべきではない、と問題点を沢山並べていたにもかかわらず、玉津さんという人は教育委員会の事務方の責任者という立場にありながら、露骨に政治的な配慮で育鵬社版公民教科書に決定したという根本は変わらない。

 一方、竹富町がうちの町内の中学生にはとても使わせられないので、調査員が推薦した別の二つの中から採る、と主張した事は、教育のことを第一に考えれば当然のことだったということになると思う。

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教科書無償制のアポリア

 それで、何が問題とされているかというと、世界日報(2011年9.27)の記事は、『石垣市、与那国町、竹富町の3自治体で組織される八重山採択地区協が育鵬社の公民教科書採択を決定した…しかし竹富町教委は反対し…いまだに混乱が収束せず、異常事態が続いている』としている。

 しかし、竹富町の判断は、三つの自治体の教育委員会が集まった所(八重山採択地区協)では、育鵬社の公民教科書を使おうと「議決」はしたけれど、それはあくまで各教育委員会にとっては一つの案であり、諮問機関からの答申という意味でしかない、という位置づけをしている。このことは文科省も認めていて、強制力がないのは事実である。だから、竹富町には独自に別の教科書を選ぶ権限はある。それは「地方教育行政法」に基づく権限なのです。

 「地方教育行政法」の第二十三条には、教育委員会の職務権限の幾つかの項目の一つに、六「教科書その他の教材の取扱いに関すること」の項がある。この規定を根拠に、文科省は文部省時代から教科書採択の権限は教育委員会にあるとずっと押し通して来た。これが今回、逆に竹富町にとっても論拠として使えることになったのである。現実には「地方教育行政法」のこの表現での教科書採択は拡大解釈とも思われ、不自然さもあるが、その無理押しを文科省は半世紀もやってきた。それを竹富町に逆手に使われたため、文科省としては否定することも出来ず立ち往生しているというのが一つのポイントである。

 他方、1960年代に、「義務教育は無償とする」という憲法の精神を具体化したものとして、「教科書無償法」が制定された。

 今回の件は、半世紀以上続いてきたこの義務制の教科書の無償制の中で、初めて国、文科省が、教科書を買い上げて小中学生に現物を渡すことが出来ないという状況を竹富町が作り出してしまったということ。教科書費を無償にするというのは「無償法第3条」によって国の義務でありながら、国がその法律で定められた義務を果たせない、国が違法行為をやっているという状況に立ち至っているのである。

 なぜこのような事態になったのかというと竹富町のその論理を国は突破出来ないからである。

 文科省が竹富町の論理を突破出来ないのはなぜかというと、「無償法」の関連法規で、第4項『…採択地区が2以上の市町村の区域を合わせた地域で…同一の…教科用図書を採択しなければならない』という規定があり、ここで言えば石垣、竹富、与那国の3市町は同一の教科書を選ばなければ、国は買い上げてはやらない、という規定を作ってしまった。ここに無理があった。

 今、解決策として色々石垣の地元も、自民党の中でも、各教育委員会でも、別でもいいじゃないかという議論が起きている。採択は市町村ごとに、ということにしておけばよかったといえる。

 それなのに、なぜ“同一の教科書”を採択しなければならないという条項を盛り込んでしまったか。

 当時この法律を作った人達の本当のところは分からないが、考えられるのは、事務作業の簡略化のためではなかったかと思われる。当時はソロバンの時代、市町村合併前にそれぞれ値段も異なる教科書を市町村ごとに集計するのは大変で、事務方が簡略化を要望したのではないかと考えられる。

 「無償法」のこの規定が、「地方教育行政法」の各教育委員会に採択権があるという規定と不整合が生じてしまったのである。ここに問題を生み出した根源がある。

竹富町の主張で立ち往生、国の教科書行政

 実際にこれまでもそういうケースが出かかったことがあった。合同の採択協議会の結果を各教育委員会に持ち帰ったら、その教育委員会の中から、うちはこの教科書にしたいという意見が出たりする。それで、再協議をやるが、その段階で独自の会社を要望した方が大抵は説得されてしまう。それは、この「無償法」のために一社に揃えないと地区全体が無償制の適用から外されるので、申し合わせに従うことの圧力を表面上も水面下でも掛けられる。そのため、少数意見を言った方が折れる事になり、結果的に「事無き」を得るというケースが多かった。

 ところが、愛媛県の今治地区、今治市と上島町では、採択協議会で決めたものとは別の教科書を選びたいという声が出てきた。今治の教育委員長が「つくる会」系の扶桑社版を使いたいとごねたのである。すると他の自治体の教育委員会もうちもそれでいいと言ってしまった。結局、協議会で選んだ教科書は消えてしまい、今治から提案された扶桑社の教科書で両自治体が一致した。それを文科省は了承して「無償措置法」を適用したという事例である。

 こういう実例があるので、竹富町は、採択協議会での申し合わせが絶対ではないと強硬に言えるのである。そして、今回の事態は、文科省が、一本化が出来てないから駄目だと言うのなら、石垣と与那国にも同じことが当てはまり、三つの自治体がもう一度話し合って同一のものを選びなおすよう指導すべきなのに、文科省はそのように言えないという状況にある。

 いま、「無償措置法」半世紀の歴史の中で、あの西の果ての小さな自治体の竹富町が、初めて文科省行政指導の公権力の使い方(政治家も動いている筈ですが)、その筋の通らない対応の仕方に対して異議を提起するという歴史を刻んだことになる。竹富町は原理原則、民主主義とはこうあるべきだということを示している。そういう意味でも竹富町の姿勢は教育行政史上、高い評価を受けることになるのではないか。

 文科省がここでなぜ強気になれないのかと言うと、教科書採択権限は教育委員会にある(地方教育行政法第23条・「教育委員会の職務権限」)という規定自体が非常に政治的で無理を含んでいること。今日まで、その無理が表に出ないように自民党政権の政治力で何とか抑えて誤魔化し通していたのが、ここへ来てとうとう行き詰ったからだといえるのである。

 実際、百地さん(日大教授)が産経新聞にこの問題で、竹富町はけしからんといかにも筋が通っているかのようにあけすけに語っている。教科書採択で調査員の資料に基づいてその人達が強く推すものを選ぶようでは教育委員会の採択権を行使したことにはならない。調査員をしているのはほとんど日教組系の教員だから日教組のいいなりの順位づけをした調査結果が出ているのは当然である。彼らが推薦した帝国書院と東京書籍を採らないで育鵬社版を採ったのは極めて正しい行為だという意味の説明をしている。

 ではこの教科書無償制度が実施される前の1950年代までの状況はどうだったかと言うと、学校毎の採択であった。その頃は日教組の組織率も高く、保革対決の中で日教組が教育現場で強い力を発揮する場面として教科書採択に関わっていた。日教組には教科書の比較研究の部署があり、日教組本部が各地方や学校段階での教科書選びの力をつけてやって、各レベルで教科書の比較検討をする。その比較検討会でいい評価をされた教科書を他の社がまねるようにもなる。そうすると次の書き換えの時にいい評価を得ようと、結果的には日教組系の教員の評価に合わせるような教科書に変わっていく。

 このような状況の転換を意図して、60年代ごろから政府・文部省あたりから、現場の教員(日教組系の教員)が教科書選びの中心になっているところを切り離したいということで、無償制にするのと同時に教科書採択は学校採択ではなくて教育委員会の採択にするということにした。

 規模の大きい自治体は学校数も沢山あり教委も大勢いるので単独自治体で採択作業が出来る。でも規模の小さい自治体は合同でやらないと無理だろうから共同採択地区という事にして、採択も同一の教科書にという中身を織り込んでしまった。その結果、事務は簡略化されたけれども、一方で“うちは合同の採択とは違うものを採りたい”ということを言い出した自治体には、これまでは脅したりすかしたりして最後は同一化させて来た。しかしとうとう竹富町に絶対嫌だ、何しろ自分たちには文科省が言う教科書採択権があるのだからという錦の御旗を掲げられてしまった。それで、文科省は参った、という訳です。

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3.「ヤンキー先生」こと義家議員の介入

 それに対して、じゃあ俺が解決して見せるとしゃしゃり出た世間知らずの政治家がいた。義家弘介さんである。保守派の人達からも人格的にはちょっと問題がある(「過度な上昇志向が透けて見える」)と評される部分のある人で、現在は文科政務官、政務三役の一人になっている。

 義家さんは政務官になる前であったが、竹富町の意義申し立てによって再協議せざるを得なくなった2011年9月8日の3教育委員会(委員13人)合同の会議の最中に、玉津さん宛てに東京からFAXを送ったのである。その内容は「無償措置法が優先するというふうに山中初等中等教育局長から説明を引き出した」とするものであった。それにより玉津さんはそのFAX文を振りかざして、「地方教育行政法」よりも「無償措置法」が優越するんだという強硬姿勢を貫き通すということになった。

 ところがである。その合同の全体の協議が行われる事になった日の朝の八重山毎日新聞(9月8日付)には、どちらの法律が優越するかという玉津さんの文科省への問い合わせに対して、文科省は9月6日「どちらが優先するということではない」と回答している事が書かれてある。つまり、この時点までは文科省は“どちらが優先するとは言えない”という認識であったのであり、県の教育委員会に対してもそれを前提で話し合いを調整して下さいと言い続けていた。

 それが突然、野党時代の自民党のうるさい議員である義家さんが、初等中等教育局長の山中さんにいきなり電話を掛けて「無償措置法が優先するんでしょ」と迫って、山中局長がほぼ認めたよ、という義家さん流に整理をしたFAXを玉津さんに送りつけたのであった。

右往左往、民主党文科大臣

 玉津さんが育鵬社を変えないと言い続けてこう着状態になっていた頃、民主党の最初に文科大臣になった川端さんも全く教育が分かっていない。沖縄戦「集団自決」の検定問題で、私たちとの交渉の折でも、官僚が用意したメモを読み上げるだけで全然中身が分からない人。政権交代しても何も意味がないようなお粗末な対応しか出来なかった。そしてこの時は野田内閣。菅内閣から野田内閣に変わって新しい体制で初の国会に臨むという状況で、自民党から、下手な対応をすると参議院で審議を止めるぞ、と「脅迫」されていた頃である。そこで民主党中川文科大臣は、義家さん達が作った筋書(八重山教科書採択に関する)を全面否定したら、審議がストップされ、野田内閣に迷惑を掛けるのではないかと恐れたと言われている。

 脅されてきた中で、先ず森裕子副大臣は、8月23日の地区協議会の育鵬社「決定」と竹富町の東京書籍採択決定は不都合だから調整するようにと指示するのが順番なのに、軽率にも、9月13日の段階で、9月8日の13人の教育委員(3市町全教育委員の協議会による再協議)で、多数決で東京書籍に決定されたことは正式な決定とは認められない、と記者会見で喋ってしまった。

 さらに、森さんに引きずられたのが中川文科大臣であった。中川文科大臣は、自民党からも強烈な圧力がある中、義家さんの路線に合わせて行くしかないという判断をし、「…石垣と与那国の育鵬社版は無償措置の適用になるけど、竹富については無償措置が適用出来ない」という考えを衆議院文科委員会で示す。

 文科省のこの認識に対して、竹富の教育長はなぜ自分たちだけがそんな仕打ちを受けるのか、これはペナルティではないか、もし一本化されてないのが不都合だと言うのなら、石垣と与那国も同じであり、これではいじめではないか、という反発をビシッと示す。

 他の一般の人達からもそれはそうだ、文科大臣何やっている、と批判が出る。
批判をされる中で、中川文科大臣はまた失態を演じてしまう。

 国のお金で教科書を買い上げる事は出来ないけど、保護者にお金を払わすのではなく竹富町のお金で買い上げて生徒に配ることは保護者にとっては無償だから無償制は維持された事になる、という姑息な手段があることを、法制局から確認してもらい、そのように国会で表明したのである。

4.義家議員の思惑を覆した竹富町住民と県教委の対応――竹富町住民による教科書寄付

 以降、文科省は強硬な行動が出来ない。そのような状況を見透かしながら、竹富町ではどうやって教育委員会の選んだ東京書籍版を届けようかという議論がなされる。先ず出てきたのは竹富町に一般の人が費用を寄付するという方法を考え出した。だけどそれでは、寄付金が町のお金に入るので公費になってしまう。そうすると形式論だけど中川大臣が提案した方法(「地方自治体が教科書を購入し、配布することは法令上禁止されることではない)に従うことになるからまずい、という事になった。

 そこで現物(東京書籍)を篤志家が買って各学校に届け、それを教育委員会が認めるというやり方に落ち着いた。

 教科書の町民による寄贈は去年だけでなく、今年の四月も実行された。あと来年再来年分も十分足りている状況だという。これによって、中川大臣や法制局が編み出した姑息な手法を採らないという、住民の側の行動力を見せつける事になった。

義家政務官の脅し、悪あがき

 安倍政権が成立し、文科大臣の一歩、二歩手前の政務官にめでたくなったところで名を挙げようとしたのか、義家さん。突然、今年の3月1日に竹富町教育委員会に乗り込んで、あなた方は無償措置法に違反しているから、早く同一の教科書、育鵬社版を選びなさい、という文書を突きつけた。

 そういう事(「竹富町指導」)を義家さんがやるという情報は事前の2月28日の産経新聞に出ていたため、“義家が来るぞ”と八重山では大騒ぎになり、それがすぐに八重山の市民運動の人達に伝わった。それで市民達は教育委員会にこの件の公開と傍聴を要求し、結果、傍聴できることになった。私も石垣に飛んで待ち構えていたら、3時半に教科書課長と係長を連れて義家さんが教育委員会に乗り込んで来た。

 教育委員会の入口では市民運動の人が立ち塞がって、抗議文を読み上げた。義家さんは圧倒されていた。

 課長達は傍聴をゴネたが市民の強い要請があり、義家さんが、じゃあオープンでいいです、と言ったので、私もその場にずっといさせて貰った。

 驚くべきはその場で義家さんから配られた文書であった。文書は義家さんの名前で出ているだけ。

 本来、省としての指導であるなら文科大臣、文科省がやるのであるから、文科大臣の名前がなければならない。文書には文科大臣の名前はない、公の印も押してない。更に公式の書類なら通し番号が打ってあるべきなのに発出番号もない。これでは配布された文書は義家さんの個人文書でしかない。私は、彼の個人プレーで来たな、課長は仕方なくついてきたなと思わざるを得なかった。

県教委を立ち直らせた県民世論、再協議への期待

 義家さんの「指導」後、県教育委員会は、それまでの方針を変えて竹富町に対して義家さんが言うように育鵬社版に方針転換出来ないかという働きかけをやっている。

 それで県の教育委員会は義家のいいなりかと住民運動や沖縄のマスコミから批判が続出。

 そんな中で今年、県教育長が交代して諸見里さんという人になり、彼は4月4日の記者会見では従来の方針を踏襲することを表明。竹富町の決定は尊重する、県としてはあくまで中立、3市町とも協議をして一本化の道を探して行きたい、というような会見内容である。ぎりぎり元の線に戻ったという感じがする。
数日前(今年6月6日)、諸見里教育長は八重山の3つの教育委員会を回って、改めて協議をすることを申し入れたという。その結果、今までは再協議には応じないと言い張っていた玉津さん、崎原さん共に県教育長の提案に応じたと琉球新報は伝えている。

 玉津さんたちも少し姿勢を変え始めた。崎原さんは現市長の後ろ盾を失いかけている。玉津さんも中山石垣市長がこの秋の選挙で再選されるとは限らないという状況がある。

 八重山の教科書問題にはもう一つのテーマである領土問題、尖閣諸島問題という外交上の問題との兼ね合いがある。

 この7月の参議院選挙で自民党の議席がどのくらいになるか、安倍政権の力がどれくらい続くのか、短命で終わるという説と結構長く行くという説があり、そういう事もかなり影響するのではないか。

 それに加えて、教科書検定に口出ししようとしている自民党の議員たちの存在。この動きがまたどう繋がってくるか、それも視野に入れる必要がある。