第6回講演会 「沖縄戦と新たな琉球『処分』」~名護市長選挙と新基地建設をめぐって~

第6回講演会 2014年3月28日

屋良 朝博さん (元沖縄タイムス論説委員)

「沖縄戦と新たな琉球『処分』」~名護市長選挙と新基地建設をめぐって~

1.今も続いている琉球「処分」

 1875年7月、明治政府は処分官として松田道之を琉球に派遣し、琉球を排して日本に取り入れる時、琉球は辺境な地、国境なので軍隊を置くと言った。それに対して琉球王府の役人たちはそれまでずっといい関係にあった中国を刺激してしまうという理由で軍隊の配備に反対した。松田は「これは国の専権事項である。軍隊を置くことによって君たちを守ることになる」と主張し、いやがる琉球をねじ伏せて軍隊を派遣した。それから何年だろう、たかだか6~70年後、沖縄はああいう悲惨な経験をした。

 この沖縄戦を「処分」というキーワードで見てみると、大田 実少将(死亡後中将になる)率いる小禄飛行場の海軍部隊は米海兵隊の攻撃を受けて1945年6月半ばに壊滅する。大田中将は「沖縄県民カク戦ヘリ。県民に対シ後世特別ノご高配ヲ賜ランコトヲ」との電文を打って、6月13日に豊見城の指令壕で自決した。実はその電文が大本営に届いた時、両国国技館では大相撲の夏場所千秋楽をしていた。沖縄では毎日のように爆撃があり、多くの人が死んでいく、人々は南へ南へと死に向かってさまよっている、玉砕の状態である。こういう状態の時に東京では大相撲がやられていたと、何ともめまいを覚えてしまうようなギャップが当時もあった。問題は、それが現在変わっているのかと言うことだ。

 その後27年間、沖縄はアメリカの軍事統治下に置かれる。日本と沖縄を分離した政治状況、それを決定付けたのは海兵隊の沖縄移転だったと思う。その海兵隊が多くの基地を沖縄に置いている。普天間飛行場も海兵隊が使っている基地である。27年間のアメリカの軍事統治が終わる時、沖縄の人々は核も基地もない平和な沖縄を!と訴えたが、それは実現しなかった。当時沖縄は、与党も野党も右も左も一つになって訴えたのは、自由出撃をやめてくれということだった。アメリカ軍がアジア・太平洋地域に出かけて行って戦争をする、自由に出撃する、その足場として沖縄を使わないでくれと、当時の琉球立法院は決議を上げている。こうしたオール沖縄の訴えはことごとく無視されてきた。蓋を開けてみると、核抜きというけれど、いつ持って来てもいいという密約があった。本土並みどころか、米軍基地の74%が沖縄にあり続けるということだった。

 「復帰」するまでの琉球政府は大きな権限を持っていた。関税を自分たちで決めることができた。沖縄を統治するさまざまな法律を制定することもできた。当然、上にはアメリカ軍の統治という絶対的な権力があったにしても、日々の生活を自分たちでマネージする権能はあった。しかし、「復帰」後は自主権がほぼ奪われて日本政府の省庁の官僚に支配されるような、日本の一部になってしまった。これが「復帰」がもたらした大きな変化であった。「復帰」後は日米両政府の支配に変わったというだけだ。

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 名護市長選にもつながる話だが、市民がいやだと言っても政府は方針を変えない、民意を踏みにじる状況がまさに今も続いている。それに同化しようとする勢力は当然ある。どこにだってあると思う。辺境の地にある沖縄の民意を国全体の政策に反映するということは、ほぼ歴史的になかったし、今もない。これからもないがしろにしていこうという動きがまだ続いている。琉球「処分」はあるポイントをとって言うのではなく、おそらくずっと続いていると思う。普天間にオスプレイが配備されたのも琉球「処分」であると言える。名護市長選で稲嶺 進さんが当選した翌々日に沖縄防衛局が入札公示したという具合にずっと続いている。

 今日3月28日の『沖縄タイムス』に「埋め立て承認で日米の信頼回復 菅官房長官」という記事が載っている。埋め立てが承認されると日米の信頼関係が回復されるということだ。ということは沖縄の民意はどっかに置いておけばよい、「埋め立てます」と言ったら日米の信頼が回復されるということは、埋め立てるということが目的化している。何のために埋め立てるのか?なぜ沖縄でなければいけないのか?と言ったクエッションに全く答えを示してくれない。そんな中で沖縄の民意をどんどん切り捨てて行くということが続いている。

2.名護市長選を振り返る。4月沖縄市長選、11月知事選へ。今年は選挙の年。

 さて次に名護市長選を振り返ってみる。稲嶺進氏が55.8%、末松文信氏が44.2%。この評価も違っていて、沖縄のメディアは大差だと表現したが、本土のメジャーな新聞はそれほどでもないという印象を持たせる書き方だった。

 なぜ地元のメディアが大差だと言ったのか。沖縄の選挙は過去一貫して保守と革新が拮抗していた。前回の県知事選は2期目を目指す仲井真さんと宜野湾市長の伊波洋一さんの対決だった。仲井真さんは「県外移設」を掲げた。するとスイングボート(浮動票)は、どのような投票行動を取るかと言うと、仲井真さんに票を入れると振興策が取れる、しかも基地は県外だと言っているから、基地の削減も望むことが出来ると。そうすると二つ取れるじゃあないかと考える。一方、伊波さんは従来の主張を言い続ける。どちらのウイングが広いかと言えば、圧倒的に仲井真さんの方が広い。その結果、厳しい結果となった。

 名護市は48%対48%、あいだの4%を取り合うほどの激しい選挙戦が行われる地域だ。そこで4,100票差がひらいたというのは過去余りないことだ。だから大差がついたと表現していたわけである。ここで大きな役割を果たしたのが公明党だった。公明党は沖縄県本部基地問題プロジェクトチームを立ち上げ、海兵隊は沖縄にいらない、だから辺野古への移設は必要ない、それ故埋め立てを承認する理由はないとの『提言書』を作って、昨年末に知事に出した。

 しかし、知事はそれを聞かずに安倍さんと会って、3,460億円の予算を示され「感謝します」と10数回も言って、「これでいい正月が迎えられる」と帰って来た。今年度予算は3,000億円だったので、上乗せ500億円で仲井真さんは辺野古を売っちゃたとなっている。全国紙では大変大きなカネが動いたと書いているところもあるが、地元での一般的な見方は、あんな端た金で何であんなことをしたのかネェ、全く分からんネェという感じだ。こういうことの反動も名護市長選にはあったと思う。

 名護市長選というのは地域の首長を選ぶ選挙だ。ここで国政に絡む、外交に絡む、防衛に絡む、安全保障に絡む、こんな大きなテーマになかなか市民はついて行けない。“国が決めています、県がこう決めました。だから名護市では争点になりません”と言うのがこれまでの一般的なパターンだった。ここに自民党は賭けたのだと思う。昨年7月の参議院選挙では現職の糸数慶子さんと自民党新人・安里候補の票は名護市では余り差がつかなかった(糸数候補:11,535票、安里候補:11,384票)。おそらくこれを見て、もしかしたらイケるかも知れないと自民党は考えたのではないか?これは誤算だった。その足をすくったのが身内であるハズの公明党だ。公明党にとって創価学会の意向は大きかった。沖縄の創価学会は革新色が結構強い。安倍さんが出て来た、やれ集団的自衛権だ、やれ憲法改正だ、辺野古を強行しそうだ、オスプレイも入って来たと、こういう息苦しさを創価学会の人は強く感じていたと思う。

 もう一つ、特筆しなければならないのは、自民党の重鎮の方々が危ないナァと思っていること。

 このまま辺野古に移してしまうと未来永劫、沖縄の基地問題は解決しないという危機感は保守であれ革新であれ、沖縄に住んでいる人は共通して持っている。元自民党顧問、元県議会議長の仲里利信さんは自民党を離れて、名護市長選で稲嶺さんを勝手に応援した。クルマにレンタルしたスピーカーをつけて、いろんな所で演説した。経済界でも同様なことが起こった。沖縄で一二の規模のホテルグループのかりゆしグループCEOの平良朝敬さんが稲嶺さんの応援でマイクを握った。「観光は平和産業だ」と。「基地ができると観光にも影響が出る」と。この平良さんは公明党の九州比例区の遠山清彦さんの沖縄の後援会長だ。だから、本来であれば自民党と一緒に末松さんを支援すべきはずなのに、それを蹴って稲嶺さんの応援に回った。建築関係でも金秀グループという県内では二番目くらいに大きな業者だが、そこの会長も辺野古反対派。沖縄県建築業協会の組合長である照屋さんも反対派。このように大きな地殻変動が起きている。この地殻変動に拍車をかけたのが、昨年末の知事の能天気な対応だった。

 4月27日に沖縄市長選がある。沖縄市は那覇市についで2番目に大きな市で、知事選の前哨戦といわれている。自民党より県議を辞めて桑江朝千夫さんが、革新より島袋芳敬・元副市長が出馬を表明しているが、桑江さんの後援会長が「やってられない」と島袋さんの応援に回っている。このようにいろんな政治の変化、化学反応を起こしている。

 そして11月に知事選がある。その前、9月に名護市議選がある。今年は選挙の年で大きな変わり目の年になる。仲井真さんは厳しい、後継者も厳しい。誰が立つかということだ。那覇市長の翁長雄志さんを担ぐためにはデリケートな政治的な調整が必要となってくる。これまで沖縄自民党の看板をしょってこられた方なので、これを捨てるかというのは彼にとっても政治生命を賭けることになる。一方、革新側の人たちは仲井真のように公約でNoと言っても自民党のDNAが入っているからまたYesと言うのじゃあないのかという猜疑心がある。ここの調整も難しい。現職の陣営も厳しいが革新側もなかなか厳しい。沖縄市長選の結果が知事選を左右するであろう。これから知事選に出馬しようかなと思っている人もおそらく沖縄市長選を見ながら決めていくだろうなという気がする。

3.沖縄の米軍基地を考える。

 3―1.沖縄にいる米兵と沖縄にある米軍基地は、そのほとんどが海兵隊

 沖縄の基地はほとんどが海兵隊。海兵隊は地上戦闘兵力で1万8,000人、一方、空軍は8,000人。兵力では61%、基地面積では75%が海兵隊だ。那覇軍港も、キャンプ・キンザーと言われている牧港補給地区も、普天間基地も、金武町のキャンプ・ハンセン、名護のキャンプ・シュワブ、全部海兵隊だ。映画になった「標的の村」の高江も海兵隊。海兵隊を除くと嘉手納の空軍基地、読谷村にあるトリイ通信施設、それと海軍のホワイトビーチ、この三つだけ、ほかはみんな海兵隊。だから沖縄の基地問題の大本は海兵隊である。

 では、この海兵隊はどこから来たのか?太平洋戦争後解隊された海兵隊は、1952年1月、カリフォルニア州で再編成され、1953年8月、日本の岐阜県と山梨県へやって来た。ところが3年しかいずに、1956年に沖縄へ移転した。なぜ沖縄に移転したのか?その理由は分からない。

 本土では1952-53年、石川県内灘闘争、1953年、長野県浅間山演習場反対闘争、1955年、群馬県妙義山接収反対闘争、1954-56年、砂川闘争と呼ばれた東京立川飛行場拡張反対闘争が起こり、ことごとく反対派が勝利している。そこで想像するに、海兵隊が本土から沖縄に締め出されたのではないのか?ほかに理由が見つからない。おそらく軍事合理性ではなく、国内政治の問題であったと言えよう。

  海兵隊は沖縄に来て駐留しているのではなくて、フィリピン、タイ、オーストラリアをぐるぐる回っているローテーション部隊である。沖縄に1万8,000人いる海兵隊の組織図は、司令部、地上戦闘部隊、後方支援部隊である。海兵隊は歩兵、砲兵などの地上戦闘部隊が主役である。航空支援するのが普天間で、オスプレイもこの地上戦闘部隊を運ぶ役割であって主役ではない。その部隊に物資補給、メンテ、医療を担い前線に立たせるためのバックアップが後方支援部隊である。もう一つ、ほぼ年中海外に行っている部隊として洋上展開部隊が独立してある。こんな構成になっている。

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 3―2. 2005、06年の米軍再編

 海兵隊はこれまで、司令部、地上戦闘部隊、後方支援部隊は一つのセットなので切り離せないと説明してきた。ところが2005、06年の在日米軍再編で今までの説明が瓦解する。沖縄から司令部要員と補給部隊8,000人がグアムに移転し、沖縄には地上戦闘部隊、航空部隊、31海兵遠征隊MEU(ミュー)の1万人が残ると決めた。その理由を説明してくれる人は国内に誰もいなかった。

 そこで、私はハワイにある太平洋司令部に行き、研究・取材した。現在リモートコントローラーは沖縄にあり、沖縄にいる部隊とハワイにある部隊を動かしている。このリモートコントローラーをグアムに持って行くというのが米軍再編であった。だから、司令部、地上戦闘部隊、後方支援部隊が三位一体として沖縄にいなければ機能できないと、今まで信じ込まされてきたのは大ウソだった。

 それをもう一つ裏付けたのが、今回の米軍再編・見直しだ。

3―3. 2012年の米軍再編・見直し

 今回見直した内容は、

①グアムに第4連隊を持って行く-これは驚きだ!-。第4連隊というのは沖縄にいる地上戦闘部隊の要だ。後方支援部隊もグアムに行く。

②ハワイに第3補給連隊1,500人を分散する。

③オーストラリアには2,500人のローテーション部隊が行く。

④沖縄に残るのは司令部と31海兵遠征隊MEU。この部隊は1年の内9ヶ月海外遠征している。

 そうすると政府が言っている抑止力って何ですか?と言うことになる。海兵隊がシーサーのように沖縄に鎮座しまして、日本の安全を守ってくれているというイメージをみんな持っているが、実は海兵隊はそうではない。海兵隊は一地域を守っているのではなくて、同盟国と訓練しながらアジア太平洋地域全域をカバーしているのである。

 それでは沖縄に残る31MEUは何をしているのか?彼らの行動パターンは、フィリピン、タイ、オーストラリア、グアムの訓練センターに行って同盟国の軍隊と共同訓練し信頼醸成を深め、アジア太平洋地域のネットワークを維持管理している。

 これを建設業者に例えてみると、大きな工事をするクレーン車とかミキサー車を持っている部隊はグアムに持って行く。軽トラにちょっとした装備を置いて、水漏れがしたとか、電気の配線がおかしいとかのメンテナンスを担当する部隊が沖縄に残って、ぐるぐるアジア太平洋地域を回っている。こんなイメージである。

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3―4.HA/DR(ハーダー)とは何か?

 さて、昨年2013年4月、フィリピンで「バリカタン2013」という米比共同軍事演習がおこなわれた。多国間海洋机上演習(TTX)と言い、米比と9カ国軍が参加した。海洋交通が多い場所での人道支援/災害救援活動(Humanitarian Assistant/Disaster Relief=HA/DR ハーダー)をめぐって、どのような多国間協力と信頼醸成をなすのかという演習である。ここに中国軍が初参加した。ほかに日本・韓国・タイ・オーストラリア・ベトナム・ニュージーランド・マレーシア・インドネシアが参加した。

 このように今、米軍はHA/DR(ハーダー)に力を入れている。

 HA/DR(ハーダー)はこれからのキーワードになる。彼らはライフルを持っているわけではない。ショベルとかを持っている。フィリピンの山奥にある学校の修繕をしている。孤児院に行って子ども達と一緒に遊んでいる。軍医が歯を診てあげている。こんな活動をしている。これはもう一つの呼び方があって“テロとの闘い”と言っている。味方を増やそうと言うことだ。日本では聞きなれない言葉だが、軍事外交だ。MEUを中心にやっている。

 MEUはカリフォルニアに3つ、ノースカロライナに3つ、そして沖縄の計7つある。カリフォルニアにある3つのMEUは、6ヶ月交代のローテーションを組んで、アジア太平洋を飛び越してインド洋、アフリカ東海岸を担当する。ノースカロライナの部隊は大西洋から地中海を担当する。沖縄の部隊はアジア太平洋を担当する。カリフォルニアの部隊はアジア太平洋を飛び越えて行っているのだから、何で沖縄でなければならないのか、ということになる。政府は抑止力、地理的優位性を一生懸命言うわけだが、答えられない。

3―5.抑止力とは何か? 地理的優位性  とは何か?

 例えば北朝鮮に対して抑止力を持っているという発言がある。抑止をされているかどうかは、北朝鮮に行って聞いてみなければ分からない。抑止力の定義は、一つは相手が理性を持っていること。もう一つは抑止を効かせているという側がそれだけのパワーを持っていること、と言われている。定義があいまいなのだ。

 次に地理的優位性を見てみよう。1991年の湾岸戦争を例にとると、アメリカは全軍50万人を投入した。内、海兵隊員9万2,990人を3~4ヶ月かけて、ほとんど本国から空輸した。ヘリコプターはハネを畳んで大型輸送機に詰め込み177機を運んだ。ジェット機、輸送機などは194機を送った。一方、沖縄の海兵隊は、と言うと1万8,000人(定数)、普天間基地の軍用機は60機だ。このように何かがあったら本国からドッと来る。こう見ると沖縄の海兵隊の部隊は規模が小さい。

 オスプレイが沖縄に来たから、海兵隊の軍事力が高まったと『読売』や『産経』は言うけれど、オスプレイの輸送兵員数は24人、沖縄に今24機配備されているから、最大輸送人員は24×24の576人。これで何をするの?という感じだ。例えば、尖閣に中国軍が来たと想定して、オスプレイがいるから大丈夫だと真顔で言う人がいる。行った途端、おそらくミサイルで殺られる。オスプレイは攻撃機でなく輸送機だ、無防備だ。尖閣に行けるわけがない。中国だって攻めようと思えば、物凄い覚悟がいる。米中戦争になるかも知れない。そんな無謀な戦いを中国がやるわけがない。

 2012年6月、オスプレイが沖縄に配備される4か月前にアメリカ海軍が発表した『オスプレイ環境影響報告書』によると、CH46の行動半径は140kmだった。沖縄島が120kmだから、ちょっとはみ出る程度の抑止力だったと言うことだ。それで「学べば学ぶほど」と言って辞めた首相もいた。MV22オスプレイの行動半径は600km(給油なし)。北は熊本辺り、中国東海岸を掠るくらい、台湾・台北を掠る程度、この範囲。だから、こんなものに乗って移動していては、フィリピンに行ったりとか日頃の仕事が出来ない。だから何処から飛び立つかと言えば、佐世保である。佐世保から沖縄に艇が来て、海兵隊員を乗せ、オスプレイを甲板に置いて、岩国基地の戦闘機なども置いて、そして何ヶ月も出て行くわけだ。だからフィリピンにもオーストラリアにも行くことができる。

 距離を見ると、沖縄⇔平壌1,416km 沖縄⇔台北645km 合計2,051km。対して、佐世保⇔平壌740km 佐世保⇔台北1,200km 合計1,940km。そして、佐賀⇔平壌770km 佐賀⇔台北1,232km 合計2,002km。何と佐世保、佐賀の方が沖縄より地理的に近いのだ。

 台北と平壌との距離を見ると、佐世保1,940km、佐賀2,002km、福岡2,006km、沖縄2,051km、熊本2,054km、鹿児島2,064km。金・銀・銅は佐世保、佐賀、福岡、すべて九州勢である。これでも政府は沖縄の地理的優位性と言うのだ。2014_03_28_y4

4.沖縄にある米軍基地の問題は軍事の 問題ではなく、政治の問題である。

 民主党政権の野田首相の時、森本敏元防衛大臣は、2012年12月の離任会見で次のように発言した。

 「例えば、日本の西半分のどこかで、MAGTF(海兵空陸機動部隊、地上兵力、後方支援を一体運用する編成。キャンプ・ハンセン、シュワブが地上、普天間が航空、後方支援は牧港補給地区などに配置)が完全に機能する状態であれば、沖縄でなくても良い。軍事的にはそうなる」「政治的に許容できるところが沖縄にしかないので、だから、簡単に言ってしまうと、軍事的には沖縄でなくても良いが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である、という結論になる」と。

 沖縄の人が許容したわけではないけれど、沖縄に既にあるんだから、それをどこかに持っていこうとすると物凄い反発が起きる。そんなリスクを日本は負えません。それが実態ですということを彼は認めた。だから沖縄に基地を置いているのは、日本の国内政治であるということだ。

沖縄基地問題の真実は、

①海兵隊は沖縄でなくても機能する、ということ。

②例えば、九州でも抑止力は変わらない、ということ。

③メディアも中味を分析せず、論じない、ということ。

④政治も責任を放棄している、ということ。

 軍隊を何処に置くのか、軍隊にどれだけの兵力を持たせるのか、軍隊にどのような装備を持たせるか、予算をどれだけ割り振るのか、これは政治が決めること。軍隊が勝手に決めることが出来たら、それは軍事国家だ。文民統制の世の中では当たり前のこと。西半分のどこでもいいと言っているのだから、政治が決めればそうなるし、辺野古は作らなくてもいいということになる。ところが、その政治が機能していない。責任を放棄している。安全保障は大事だネと石破さんは言う。それなら鳥取に持って行けばいい。鳥取砂丘でどうぞ。それを言えば、石破さんは次の選挙で確実に落選する。だからタブーなのだ。軍事的な負担を誰が負うのか、みんな口を閉ざしてしまっている。それが沖縄の基地問題だ。だから沖縄に米軍基地を置いているのは軍事的な理由でなく、国内政治の問題であるということだ。それは本日のタイトルにあるように、昔から続いて今に至っている。